ホルストと日本の意外な関係

 Youtubeを見ていたら、ホルストの組曲「日本」の動画がおすすめで出た。最初はフェイクじゃないかと思ったが、聞いてみると極めて精緻なオーケストーレションだし、どうも本物っぽい。調べてみるとこれは実在する曲で、更に驚くべきことがわかりました。
 ホルストはもちろん組曲「惑星」の作曲家で、イギリス人、20世紀初頭前後に活躍した人で、プロパーの作家ではなかった。本業が別にある、いわゆる兼業作曲家です。そこまでは知ってました。

 これは、当時の在英日本人の舞踊家から依頼を受けて作られた曲で(音楽学校の教師であったホルストの教え子から、という情報もある)、どうもちゃんとした委嘱料が発生したかどうかも怪しい。それでもホルストは依頼を受けました。日本舞踊を披露する舞台で使いたい、という要望だったようです。

 ホルストは極めて高潔な人だったので、音楽をお金儲けの道具することを嫌っていたようです。教師で生活が成り立つので、作曲活動はとても神聖で崇高なものでした。

 さて、この依頼を受けた時、ホルストは充分な作曲時間が取れない中で、ある大曲を書いていました。そちらを中断して、この組曲「日本」に取り掛かり完成させたのです。
 この中断した曲、一体何だと思いますか? ……まさか、と思った方、当たりです。😅 なんと超大作「惑星」だったのです。記録が残っていて、「火星」「金星」まで完成させていました。この「日本」を終えると、「水星」に取り掛かります。
 ここまででも、もう仰天エピソードですね。皆さんも俄然聞きたくなったでしょ?

 ホルストの「日本」への取り組み方が、また凄いんですよ。まず舞踏家から日本民謡の聞き取り・採譜を行います。そして日本の音楽や文化に対する文献を徹底的に研究します。その上で組曲日本に取り掛かります。
 この組曲は1曲1曲は短く2-3分で、全部聞いても10分という小品ではあります。ただ、全く知らない東洋の国の組曲を「惑星」の合間に完成させるなんて……驚くべき作曲能力です。1915年でした。

 そして、極めて個人的な委嘱(依頼)のためでしょうか、この舞踏家がちゃんと公演で「日本」全曲を使ったのかも、明確な記録が残っていないようです。
 もちろん「惑星」が爆発的に有名になったせいで、この作品も残りましたが。

 以下余談ですが、「惑星」は完成後、ホルストの友人のオーケストラで初演されたようです。聴衆は度肝を抜かれて、すぐにホルストは声価を得ました。その後の再演、そして欧州各国へ広がる演奏の輪と、どんどん「惑星」は知られるようになり、とうとう米国の著名オケ3団が同時に米国初演に手を挙げるなど、躍進は留まるところを知りませんでした。
 ところが、ホルスト自身は、有名になることや教師としての生活が壊されることを望んでおらず、インタビューやサインなども断っていたようです。「惑星」からむしろ距離を置いていたというから驚きです。
 本当に音楽(作曲)を愛していたんだなあ、と思います。立場こそ兼業ですが実力はプロの大作曲家、という方だったのです。
(この時代のフランスでは、ドビュッシーやラヴェル、さらにストラヴィンスキーも活躍していました。ひとつの黄金時代ですね)